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吉田山田 WEB LIMITED INTERVIEW

■家族への複雑な思いを歌にした“宝物”も印象的な曲ですね。

山田 これも自分の心の奥のほうをほじくり返した1曲です。結構、親に対する曲って今まで作ったんですけど、やっぱりどこか完成しないというか、僕のなかの生涯のテーマなんです。これは、僕の育った環境だったり、親に対する気持ちがこじれたりしているのかもしれません。いまだにちょっと素直に言葉にできなくて、「ありがとう」「ごめんね」さえも。ただ、この曲を作り終えた後、<あ、これってリリースしたら親も聞くんだ>と。だから、ちょっと聞いてほしくない部分があるんだけど。(苦笑)でも、そこで気づくくらい、あんまりほかの人の目も自分の親の目も考えずに、素直に気持ちを形にしました。

■実際、作品になってみて、山田さんご自身はどう思いましたか。

山田 僕のなかで、家族の歌で“宝物”っていうストレートなタイトルをつけたことが、驚きというか、すごく恥ずかしいというか。実は、この曲も3年前からあったんですけど、歌詞の一番最後「○○の宝物でした」っていうところが、ずっとこう納得いかなくて、そこは結構変化してたんです。で、今の答えとして、「いらだち遠ざけた宝物でした」って言う言葉を入れました。親は、自分と似すぎててすごく嫌だったんですけど、でも最近は、そこがちょっと愛おしいというか。音楽が好きなのも、親の血を受け継いでんなって感じるし、料理が好きだったり、なんかすべてがやっぱりそっくりだなって。それはたぶん今が幸せを感じでいるからかもしれないです。

吉田 僕は、“宝物”に関しては、このアルバムのなかでは、導入部分としてぴったりな曲なんじゃないかなって思っていて。結構、関係者の方に聞いてもらったときに、印象に残ったという感想もいただいて。正直、今回いい意味で計画性がなくて、すごく直感を信じて、いろいろチョイスしました。

■このような曲は、お二人で話し合ってつくるんですか?

吉田 そんな相談はなくてですね。山田は、ウ○コのように曲を作って…。

山田 (さえぎって)ほかのたとえないの?できればウ○コ以外がよかったな。

吉田 出ちゃうんで。生理として出てしまうというのがあるんで。逆に、それを作る前からあーだこーだ、いいとか悪いとか言っていると、ホントに消化不良起こしてしまう。ひとつのライフワークなんですよ。自分の感じていることとか、小さい頃のこととかが、ずっと自分のなかから消えないのは、自分のなかでどこが大事なんだろうって考えることや、それがわかったときに曲が生まれたりしますから。でも、マジメな曲を作ったかと思えば、“しっこ”とか、ホントしょーもない曲もあります。(笑)ただ、せめて僕ぐらいは山田が作るものに関して、どんなものでも味方でいようと思うんですよ。「聞きたかった!聞きたかった!」って、言い続けてたいなと思ってます。

■なるほど、“しっこ”はまさに生理現象。でも、どうしてこの曲が生まれたんでしょう?

山田 僕は小学校6年生まで、おねしょしてたんですよ。だから人よりもおねしょとのつきあいが長い。いわばプロなわけですよ。だからたぶん自然とこういうものが出てきたと思うんです。でも、これは<笑えるよね>という気持ちでは一切つくってないんですよ。他の曲と同様に<あ、いいな!>という感覚でつくったんですよ。だから、リリース前にライブで初めて披露したときに、爆笑が起こったのにはビックリしてしまって。で、「これはちゃんとアルバムに入るよ」って言ったら、お客さんには「えーっ!?」って驚かれました。僕的には、その反応が新鮮でしたね。相方は「そりゃそうだろ」って思ってたらしいんですけど。(苦笑)

■本当にさまざまな角度から、吉田山田を見せてくれる曲が詰まっていますね。ただ、その根底には“守人(まもりびと)”で歌われているように、<どうにもならない世界の一部で、それでも生きていく>というメッセージが込められている気がしました。

吉田 そうですね。そこに関しては、ミュージシャンをやる上で結構考えざるをえないところです。そもそも音楽っていう、生きてく上で直接命に関わらないことを仕事にしていて。それこそ去年なんかは、47都道府県を回ったんですけど、人にとって何の腹の足しにもならない音楽を携えて、僕らが行く意味だったりとか、それをやっぱり疑うこともあります。でも、1曲の1節で1人の人生を変えてしまう力を持っているのも音楽で…。自分がもし消えてなくなっても、世界は進み続けて、数ヶ月は悲しいかもしれないけれど、また日常がやってくる。その悲しさと、でも、<いや、そんなこと考えてないで、今とりあえず一生懸命やろう>っていう、多分その繰り返し。それは、音楽を続けていく上で、いつも考えていることではあります。

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