「自分の人生とはまた違う別の人生をひとときのあいだ歩める
そういう機能を音楽に持たせられたらと思って作っている」
2ndシングル『残ってる』をリリースする吉澤嘉代子。移ろいゆく季節に取り残されてしまったひとりの少女を主人公に描いた物語。ありふれた街の風景、生々しい表現、リアルな想い――ひとつひとつが胸をちくちくつつく。これまでさまざまな物語を通し少女から大人への成長を歌ってきた彼女にこのシングルについて、曲作りについて、そして彼女について話してもらった。
■今回のシングル、とてもリアルで生々しい曲だなと思いました。
吉澤 こういう生々しい曲、日常に近いような曲だったり色っぽい表現の曲はいままでのアルバムには入れないようにしていて。こういう曲はほかにもあるんですけど、アルバムの4枚目以降の表現にしたいなと思ってて、この曲は2年前に書いた曲なんですけど、ここから次に向けてということで、今回出すことにしました。
■どういうイメージで書かれたんですか?
吉澤 あのときのあれなのよ、っていうのはまったくないんですけど、例えば、駐輪場で鍵を出すときのものすごいひとりだという感覚だとか、ふと見たときにネイルがはげてるとか、日常的なことなんですけど、自分だけが知ってる自分みたいなものを集めて作ろうかなって。もともとは友達が「こないだ駅にいかにも朝帰りみたいな女の子がいたんだよね」って話を聞いたのがきっかけなんですけど、どうして朝帰りだと思ったかっていうと、その日、気温が急に下がった日だったんですけど、その女の子はすごい薄着だったらしくて。その話を聞いたら、街の人たちの装いが変わった中、夏の格好をしたままの女の子が頭に浮かんで、その女の子を描きたいなって思ったんです。
■お友達から聞いた女の子を主人公に物語を膨らませていったんですね。
吉澤 はい。その日からいつでも朝帰り気分というか、夏の名残りみたいなものを見つけて歩いたりして。渋谷のディスプレイで造花のひまわりを見つけて、夏のあいだは輝かしかったものが季節が変わったとたん寒々しくなるなと思って、その女の子もそうだったのかなって思いながらいろんなものを見つけていったりして。
■なるほど。ドキッとする表現もあって、すごくリアルに感じられる曲だと思うんですけど、フィクションとはいえ恥ずかしさや抵抗みたいなものはなかったです?
吉澤 自分が作者として描くとき、色気と品をどうやって両立させるかとか、どこまで描けるかみたいな部分ですごくわくわくしながら書くんですけど、それを実際に歌うとなると吉澤嘉代子なんかあったのか?って思われてんじゃないかなとか、そういうところには抵抗がありますね。それさえなければなんでも書けるのにって、とは言いながらなんでも書くほうなんですけどね。
■少なからずそう思う人はいると思うんです。自分の経験や想いをそのまま書く人も多いので。
吉澤 自分がどう描けるかっていう欲望しかないのでそこに関しては無視できるんですけど、作者と主人公が同一視されるというのはやっぱりっていう気持ちもありますね。これはよく物作りをしている人たちとよく話すんですけど、それをされると絶望的な気持ちになるっていう人もいるし、だけど自分を切り売りして書き続けてる方もいるし、いろいろなんですけど、わたしの場合は、その曲の主人公に自分を投影して疑似体験するような感じで聴いてもらえたら、それができたらいちばんいいなと思っていて。小説とかはそれができるんですよね。年齢も性別も違う主人公を体験して、自分の人生とはまた違う別の人生をひとときのあいだ歩めるっていう、そういう機能を音楽に持たせられたらと思って作っていて。
■吉澤さん自身が歌で寄り添うのではなく、歌の主人公になってもらえたらいいなと。
吉澤 いくら寄り添おうとしても、近くには寄れたとしても、とわたしは思ってて。だったら別の間だけど、その曲の主人公にその人がなれて、完全に重なることができるとしたらそれがいちばん近いんじゃないかって。
■なるほど。
吉澤 自分を切り売りして曲を書くと曲が脱皮していくというか、少し前の曲はもう自分じゃない、ここにはわたしはいないっていうことが起こるんですね。もちろん感情の部分は本物じゃないと曲が輝かないと思うんですけど、物語の部分、中身というよりあらすじの部分がフィクションだとしたら、ノンフィクションを封じ込めることでずっと物語は生き続けられるので、自分の成長とは無関係の場所で曲が生き続けられると思うんです。
■なるほど、すごく納得です。
吉澤 わたしも主人公に自分を重ねることがあるので、それは歌い手、作者として重ねるのではなくて、いち聴き手として自分の曲に重ねることがあるので、そういうふうに聴いてもらえたらいちばんしあわせだなと思います。