main

DANCE EARTH PARTY WEB LIMITED INTERVIEW

subこの曲を聴いて踊りたいと感じてもらい、
心が踊るような気分になってもらえたら嬉しいです。

EXILE ÜSAが数々の日本の都市で「祭り」を体感し、「日本から世界へ発信できる新しいお祭りを作りたい!」のコンセプトの下、その古来の和楽器ミュージックと最先端のダンスミュージックが見事にミクスチャーされた新しい音楽ジャンルの楽曲が完成した!山本寛斎 × banvox × DRUM TAOという世界で活躍するアーティストとの豪華コラボも実現したニューシングル『NEO ZIPANG ~UTAGE~』について、ÜSAに話を訊いた。

■DANCE EARTH PARTY結成の経緯とコンセプトを教えてください。

ÜSA もともとDANCE EARTHのプロジェクト自体は2006年、約10年前から旅をスタートさせたところから始まりました。世界のダンスを踊ってみたいという夢から、まず最初にキューバの人たちと踊った時に、知らない者同士がダンスの力によって一瞬で近づけたんですよね。踊りがない国も民族もない。だからダンスという世界共通言語を使って世界の人とつながれると思って。DANCE EARTHの旅を続けてきて、これまでに書籍やDVD、絵本や舞台で表現してきました。そこから、次は音楽で表現したいという気持ちを僕なりに表現したのが、DANCE EARTH PARTYです。ひとりで旅して踊るより仲間がいた方が楽しいので、一緒に踊る人いないかなと見渡したらEXILE TETSUYAがいて、僕らは歌えないのでこの気持ちを歌で表現してくれる素敵な人いないかなと見渡したらDream Shizukaちゃんがいたんです。一緒にPARTYを組んで、いろんな世界の音楽の旅をしていこうというのが、DANCE EARTH PARTYのコンセプトですね。

■TETSUYAさんとShizukaさんは、DANCE EARTH PARTYに対してどんな感想を持っていたのでしょうか?

ÜSA 最初はDANCE EARTHの舞台に出演してもらって、その世界観を感じてもらうことでどんどん共感してくれて、一緒に活動したいと思ってくれたんだと思います。TETSUYAは僕が行った旅にもついてきてくれましたしね。

■世界を旅してきたÜSAさんが、日本の祭を旅するようになったその想いを教えてください。

ÜSA いろんな世界を旅してきて、いろんな人たちと踊ってきた中で、みんな自分の国とか民族に誇りを持って踊っているのがすごくかっこ良いなと思っていました。そこでその人たちに決まって質問されるんですよね。「あなたの国の踊りはどんななの?」と。その時、明確な答えを自分は持っていなかったんです。それが恥ずかしくて……。これはもう一度、自分たちの国、日本を踊る旅をして、そして世界の人と出会った時に自分の国の踊りを発信できるようにしたいと思ったんです。やっぱり日本には八百万神(やおよろずのかみ)がいて、すべてのものに神が宿るって教えがあって、その神様の数ほど踊りがあって祭りがある。だから、踊り人口密度的には世界一くらいのレベルなんじゃないかと思って、その祭りで踊る旅を2013年から始めました。あと、世界の人から見る日本人って「どこかシャイで踊りとか参加しない民族だよね」ってイメージがあるらしいんです。でも、僕が見た日本の祭りでは、子どもからおじいちゃんおばあちゃんまでみんなが踊ってるんですよね。そこで僕らの国は踊る国だと確信しました。それを知っただけでも今後の旅が変わってくるし、自分の国に誇りが持てた瞬間でしたね。

■世界の踊り(祭)と日本の祭を体感してきたÜSAさんが気づいたことを教えてください。

ÜSA 僕ら日本人は、みんなで合わせて踊るのが好きですよね。盆踊りもそうだし。みんなで同じ動きをして一体感やつながりを感じる。そういう踊りが多い気がしますね。輪になって踊る意味を掘り下げると、すごく面白い話があるんです。というのも、盆踊りは亡くなった先祖がお盆に帰ってくる時期に踊りますよね。もちろんいい霊もいれば悪い霊もいるわけですが、悪い霊だけ跳ね返しちゃうと、またいつ戻ってくるかわからない。だから、いったん輪に入って楽しんでもらって「また来年」って気持ちよく送り出す意味があるそうなんです。おもてなしをして送り出すっていう、すごくいい考え方ですよね。ということは、祭りは楽しければ楽しいほどいいってことですよね。僕が新しくお祭りを作れる時があったとしたら、輪になってとにかく楽しいお祭りにしたいと思いましたね。

■現時点で全国15ヶ所のお祭りで踊ったそうですが、印象に残っているお祭りはありますか?

ÜSA どのお祭りもすべて印象的だったんですが、エピソードとして挙げさせていただくとしたら、踊っていて楽しくて一番エネルギッシュだった阿波おどりです。クラシックな基本となるステップから、だんだん激しいビートになってくると暴れ踊りに変わってくるんです。そうなってくると、ほぼほぼHIP HOPのランニングマンの動きと同じなんです。それが楽しくて。(笑)

■では、日本の伝統的な踊りとÜSAさんが体得してきたダンスの動きが、リンクする瞬間もあったと?

ÜSA はい。踊りだけじゃなくて、意外な接点を感じることが結構ありましたね。島根県の石見神楽に行った時も、その太鼓を聴いていたらアフリカの太鼓と似ているリズムがあったんです。出雲にいながらアフリカを思い出すという、不思議な体験をしました。お面にもいろいろあって、日本独自のものというよりは大陸から渡ってきたものも取り入れながら、作っていったと思うお面も多いんですよね。日本のお祭りを巡ってみて、音楽も踊りも衣装も、その地域だけで生まれたものではないんだと感じました。そういう意味でも、世界を旅して楽しいと思ったものはどんどん取り入れて、それを僕なりにアレンジして作っていくという考え方は、正解なんだって感じましたね。

■地域のお祭りに参加する時は、実際にどのように参加したのでしょうか?

ÜSA いきなりアポなしで行くと迷惑をかけてしまうこともあるので、そういうことを避けるためにお祭りの団体やチームに声をかけさせていただいて参加しました。でも、そういった窓口がない場合は、変装ですね。(笑)手ぬぐい巻いたり、顔を白く塗ったり、なるべく迷惑をかけずにその土地の踊りを楽しみたかったので、世界を旅してる時と同じような条件でやれるように工夫しました。

1 / 41234